僕は「だぁ!だぁ!だぁ!」というアニメが好きです。今日最終回を見ました。
高校の病んでいた時代に心の支えだったアニメ、ってのもある。
昔は分からなかったけど、今改めて見ると作品の構図が分かる。
未夢(少女)、彷(少年)、るう(幼児)、という3人の主要登場人物はいずれも本来の家族と逸れ一人ぼっちになる。
そして3人(+シッターペットのワンニャー)は共同生活を営む中で擬似家族を形成し心の安逸を得ていく。
ただしそれは永続が前提とされる本物の家族ではなく、時折その虚構性が寂しさを思い出させる。
まあ本物の家族だって最初は他人にしか過ぎない人達が形成していく訳です。
でもね。何があっても変わらないものがあればいいなと思います。正直。
その一方で僕のスタイルはそういうものを否定して乗り越えていこうとしている部分がある。
相反する二つのものがあって、一つを切り捨てようとしてきましたが、それは止めました。
自分の本当の気持ちと向き合えない方が弱いと思ったので。欲しいものはやっぱ欲しいと認めようと。
その為には人間の不完全性を受け入れなくてはいけないと、ニーチェの言う超人とは相反する姿勢になってしまうのだと。分かっているのですが。
タイミングに流されるだけの人のようになれば歴史の流れと言う渦に飲み込まれて沈没していくのが分かる。
現代の空虚に対し、エヴァはキルケゴール的な問題意識から出発しヘーゲル的に解決(現代から近代への逆流という皮肉な図式になりますね。全体の救済という姿勢がそもそも近代的なので逆流は不可避なのですが。)しようとし、結局関係性の中に意義を見いだす選択に依る解決を図るのですが、このアニメはもっとシンプルに家族という解を与える。
僕には決定的に欠けているものがあると思うのです。欠けているというか妥協出来ない、譲れない臨界点があってそれが僕を縛り付けてしまっている気がする。
何かでこれを壊したいですね。異質なものを取り入れようと、思想的には相反するヘーゲルの精神現象学を買ってみましたが、頭の体操の域を出ない。もっと強烈に打ち抜いてくれる実体験の何かが必要なんです。
再構築に先立つ自己破壊が入り用なんですよ。
因にこの映像がアニメの雰囲気を表現出来てる気がします。
音楽はcapsule。良い曲書きますね。